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大切な体の動き

 20, 2015 11:54
空気が澄んで、静かな冬の朝が好きだな~と思う今日この頃です。
今日も気持ちよく目が覚めました。

皆様いかがお過ごしでしょうか?

今日はヨガや身体の話をしますね。
長いから、読みたい人だけどうぞ



いきなりですが質問です。


ヨガのアサナ(ポーズ)って何でしょう?

なんでヨガのアサナを練習するんでしょうか?





また違う質問です。

アサナは色んな形があるけれど、形が大事なんでしょうか?


こういう問いかけをすると、

大体の方が
「NO」
と答えるのではないかな~と思います。

そして、

「アサナ(ポーズ)は形ではありません」

「自分のペースで無理なく出来るところまでやることです」

って、こんな風に答える人も多いんじゃないかな~。

だって、色んな先生がそう言っていると思うから。
そして色んな本にもそう書いてあるからね。

その答えで、「NO」で間違いじゃないと思います。

でも、「自分のペースで無理なく」っていうのは、
これは時と場合によるというか・・・、
これを都合よく使いすぎるとやっかいというか・・・、

なんていうのかな、

自分の快適ゾーンを出ることって、練習ではすごく大切なんだよね。
それを、「無理しちゃいけない」って自分の都合よく解釈するだけだと、
それはそれで違うと私は思うんだよ。

「快適ゾーン」の外に答えがあることって、いっぱいありますよね?
私はそう思っているんだけれど。
だから私の練習はキツイ、しんどいことも多いと思いますが・・・(笑)

あ、でも「快適」が悪いって言ってるわけじゃないですよ。


あ、でね、
「NO」と答える人が多いとは思うって、
さっき書いたわけなんだけど、


だけどね、

だけどね、

すみません・・・。

「NO」とは答えているけれど、
私には「形にとらわれているように見える」ことが多々あるんですよ~、、
あはは・・・

いや、そう言ってる人、「NO」と言っている人が、
嘘をついているとは思ってないですよ。

だけどですね、

ヨガを指導していても、
ヨガをする人の中に自分がいても感じることですが、
カタチにとらわれている人が「まだまだ多いな」と私は感じています。

どうしてそう思うかというと、

そしたら、
「NO」と言うのであれば、
その「アサナ」への道⇒基本的な動きは理解できているのかな~?

という疑問があるから。

アタクシも全て理解しているとは言いません。
知らないアサナもいっぱいありますからね。
今知られているアサナの数というのは、ほんのわずかなんですよ。
それだけアサナっていっぱいあるんですけどね、
が、が、そうではなくホントに基本の基本の動きということでお話してます。

そして、

そこ(基本的な動き)が嫌というほど大事だということが本当の意味でわかっているのかな?

とそんなことを見ていて思うことが多いから。


あ、私のクラスに来てくれている方には、
もう「耳タコ」くらい聞いている話だと思うし、

「もう、うっさい!
「わかってるよ!

って思う人もいるかもしれないんだけど~、、

、、

(笑)

その基本的な動きの練習を、
それをすることでいかに身体が楽に動くようになるかということを
本当の意味でわかってもらえていないんだな~と思うんです。
そして、その練習方法を知らないことが多いんだということに気がつかされます。

そうなのね。
その練習をすれば、本当に無理なく楽に動けるんだよ。

その練習が足りないんだと思うのです。


だから、いっつも言うんですよ。

「その練習をちゃんとやればもっと自然に楽に動けるようになるはずですよ~」って

で、クラスに参加してくれてる方には、

「今までにないくらい気持ちよく後屈できました~」

「こんなに楽に腕が後ろ(背後)で掴めたことありません」

とか、

「今まで痛かったのに痛くない!」

とか

そんな風に言って頂きます。



言ってしまえば、ヨガのアサナは、

側屈、前屈、後屈、ねじりなどの基本的な動きに、

股関節や肩関節などの可動域が加わって出来てくるわけですけど、


あ、これはあくまで肉体面だけの話をしてますが、
そして上の表現はあまりにも、表面的で怒られそうですが
わかりやすく書いています。

そしてですね、、

その、

側屈、前屈などのその基本的な動きを

本当にちゃんと理解が出来ていますか?



基本的な動きの理解が出来てないのに、
アサナもなにもないわけで・・・。


股関節や肩の動き、

どう動くのが、どう動かすのが自然であるかを、

自分の言葉で、自分の体で表現することが可能ですか?



どれだけたくさん動くか?ではないよ。


はたまた、

じゃあ何で、自然な状態で楽に動かすことが出来なくなってるんだろうか?

そんなことを考えてあげないとね。

自然に動かせないのに、アサナだけやるの・・・?

それは無理だよね。
自然な状態で身体が動かないのであれば、
アサナだけって出来るわけないよね。

自分自身の身体を理解してあげること。

理由があるはずなんだよ。
どうして腰が痛いのか?
その日常に、その動きに理由が。
どうして不調なのかということを。
どうして楽に動かないのかということを。

その理解が本当に出来ているのかな?

もし出来ていないんだとすれば、
やはり、それはまだ、
カタチだけになってるんじゃないかな~と思うのが私の考えです。

もちろん、カタチじゃないから理解しようとしていますって場合もあると思うけれど。



よく、

「頭ではわかります」と言われます。


その気持ちよくわかりますよ、私も。
頭で理解していても身体が言うことをきかない。

ありますよね、そういうこと。

で、まずは「頭で理解する」=「知る」ということが大事なんですけど、


だけどね、

それも、

この段階「頭では理解できます」では、
「まだ理解できていない」というだと私は思っています。

頭でわかっているだけ⇒そういった情報を知ったということであり、
それはその段階では、まだ理解してはいない、知識にはなっていないという状態です。

「頭でわかっている⇒練習をして深めていく」
⇒理解しようと、知識という自分の肉にしようとする作業です。

「自分の言葉で伝えられる」or「体で表現できる」
⇒「理解している、知識となった状態」となるのではないでしょうか?


「練習してるけど、そうならない」場合のことについては、
また今度書こうかなと思います(いつだ?笑)。

で、

先ほど上に書いた基本的な動き。

前屈、後屈などの動きを理解出来ていないが為に、
身体を痛めている人が、これが結構多いんです・・・

脅かすわけじゃないんですが、

「チョット痛い」くらいだから、大丈夫だと思っていて、
ずっと続けていると、その内取り返しのつかないことになるかもです・・・。


実際、私のクラスに来た方から、

「以前、側屈をしていて肋骨の付近が痛くなった」

「以前、前屈で腰を痛めた、それから膝も痛くなった」

「前屈をするといつも腰が痛い」

とか、「違うところ、違うエクササイズでやったらそうなった」とそういう話をよく聞きます。

実際、本当にこういう話が多いです。

※「違うところ」を否定する気はありません。


話をよくよく聞くと、やり方に問題があり、
そんな話を聞いた日は、それについてクラスで取り上げます。

その方だけの問題ではないからです。
だから、皆で考えようと理解を深めるようにクラスを進めたりもします。

ちゃんと練習すればそんなこと(痛み)は起こらないことを知ってもらいます。



それを教えない人がいるから悪いとか、
そんな類の話をしているのではありませんよ。

私にはその方が受けたどこかのクラスのことはわかりません。
指導者が伝えていても、
受ける側が聞いていないこともあるし、
その通りにやっていなければ、痛めるであろうし・・・。
それが悪いとか良いとかの話ではないのです。



ただ、

自分自身の身体なんですから、

ちゃんと疑問を持って、

ちゃんと理解してあげましょうよってことなんです。


これは、ヨガに限ったことではありません。
側屈や前屈、後屈というのはあらゆるエクササイズに含まれており、
日常の動作でもあります。
そのエクササイズや日常の動作で、
身体を痛めるように動かしていたら、意味がないからです。

身体を快適に健康にしようとしていることが、
反対に痛めつけていることになっていないでしょうか?


基本的な前屈、後屈などを理解出来るように練習していくと、
それは普段の生活でも身体が軽くなっていくんです。

深く前屈しようとするのではなく、深く後屈しようとするのではなく、

全ての動きに関して、

「自然な体の動き」へ練習していくことで

身体と心の軽さがやってくるんです。


ヨガの練習は、

身体も心も自然な状態にしていくことです。


不自然な身体の習慣、

不自然な心の習慣、


そういったものを自然な状態にしていくこと。


だから、アサナを練習するんです。
だから、ヨガの練習をするんです。

私はそう思って練習してますし、

それを伝えられたらいいな~と思っています。



それには、なにが不自然なのかまずは気がつけないとね。

あ、でも不自然も理由があって不自然になっているから、
悪いわけじゃないと思うよ。
不自然という自然だと思う。
だけど、不自然だと具合悪いことが多いよね。

だから、

大切なのはそのままにしないこと。

気がつくこと。

気がついたら、自分の望むように行動する。

でも、

行動しなくてもそれもその人の選択。
そのままにするもしないも、自分の選択。

選択は自由だし、自分の責任だし。



だから、私の言うような練習をしてもしなくても、

それはどっちでも良い(笑)

それを選びたい人は選んでくれれば良いと思うのです。



いつも言うけど、それはそれなんだよね。



ヨガが好きで、ヨガを続けてる人には、

たまにはこんな風に立ち止まってヨガのこと考えてほしいな。

そして、ヨガをしていなくても、
自分の身体や心のことを考えている人にも同じように考えてもらえたらいいな。


自分自身に問いかけてあげてほしいな。

「何が自然で、何が不自然なの?」

「どうして不自然になったの?」



問いかけて、

自分の声を聞いて、

身体と心と仲良しでありたいね



ではでは






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