人は、変わりたいと思っている。

でも、変わりたくないとも思う。



少なからず私達は前を向いて生きています。

だから、変わりたいと願います。




昨日上げたブログは、

一歩踏み出したいけど、踏み出す勇気が出ない時、

楽しみながら踏み出せたら良いなあ、

怖いけど、

でも、安心して踏み出せたら良いなあと、

そんなことを思い書きました。





人によっては、

私の考えは甘えのように感じる文章なのかもしれませんが、

甘えでもないと私は思っています。

でも、

甘えと言われてもいいし、

間違えていると言われても良いのです。






何が必要なのかは、人それぞれだと思います。

それぞれというのは、時と場合、その人の状態によって。

道徳心や倫理観などの「正しさ」みたいなものが必要な場合もあれば、

「今」は、「そういったもの以外の何か」が必要な場合もあると思っています。





特に正しさに潰れそうになってしまっている人には、

「それ以外の何か」が必要なのだと。

これが必要な人は、実はとても多いと思っています。



「正しさ」に押しつぶされて、

自分らしく生きられていなかったり、

自分を責めたり、

自分に価値がないと思いこんでしまうのです。



だから、「正しさ以外の何か」が必要なのです。

そしてそれはあるんです。





そして、人は「正しさ」にさえ、執着すると思っています。

「正しい」から怒って良い。

「正しい」から人を見下した態度をとってよい。

そんな風に思いがち、やりがちではありませんか?

もしくは、そうやられたと感じたこともあるかもしれません。





正しさが強すぎても、

結局は対立を生んだり、そこに二重性が生まれます。




正しさの中で、

一見一つにまとまっているように見えて、

実は内側はバラバラになっていたりするのです。





だから、




「正しさ」も「正しさじゃない何か」も必要で、



同じやり方じゃなくても、

結局、行き着くところは同じかと。

そして、どこにも行きつかないということと同じかと。




なんでもありだけど、

なんでもありではなくて、




自然の摂理を大切にしながら、



私達は、




この反対する言葉の中で、

光を探しながら誰もが前を向いているのだと思います。

誰かが「正しさ」で自分を攻めてきたように感じるとき、

どうか光を見失いませんように。







そんなことを思いました。











ではでは、また~♪( ´θ`)







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