もーうんざりだーっ!



と、最近思いました(笑)




何が?って感じですが、

私がうんざりなんだよーっ!って思ったことは、


「正しい」「正しくない」

とか、

「正当化」する為の行為、

とか、

「哲学」を盾にした攻撃、

とか・・・?



上手く言えない、

でも、そう思いました。



そうなの、思っちゃったんです。




もー、うんざりなんだよーっ!


って。





皆さんは、

もー、うんざりなんだーっ!


と思うことありますか?

思ったら、口に出して叫んでみてくださいね(笑)



私は叫んでみました(笑)




で、その後に気付いたことが以下です。



「もーうんざりだーっ!という気持ち」は、

私が「思いたくて、思っている」し「思わされている」




「もーうんざりだーっ!ということを思った出来事」は、

私が「見たくて見ている」し、「見せられている」



ということなんです。




どっちもだし、どっちかわかんないし、どっちでもいいし。



だけど、それが「必要で起こっている」ということです。



もう少し詳しく説明しますと、

私自身が、

「こういった(上に挙げた)全ての行為をしたくない」

と思っているんです。


私が私自身を、

「正当化」したり、「正当化する為の行為」、をしたくない。


そういうことを今まで私もきっとしたことがあるし、

いや、した(笑)

でも、これからはもうそれをしたくないという思い。

そういった全てのものとお別れしたいと思っているんです。




それを他人の中に見たんです。

それを外の出来事に見ているんです。




それをしている人を見て「うんざりだーっ!」と言って、

自分の中にある「それ」を無くしたいって思っているんです。


「自分の中にあるそれ」とお別れしたい。

なんですよ。



しかも、

その「他の人」や「外の出来事」は実は「それ」をしているわけではないのかもしれないし(笑)

そう「見えているだけ」かもしれないし、

あれ?わけわからんになってきました?




それでですね、

感情というのは十分に味わうことが必要だったりするわけです。



「○○な感情はダメだ」

「○○な感情が自分にあるわけがない」

とか思ったりして、見ないフリや押し込めたりせずに。

(いつも言ってるから、耳タコ?)



感情に支配させるというわけでもなくて、

「私がその感情を味わっている」ということを知るということ。



そして、思いっきり味わったら、解ってくる。

解ってくるというより、腑に落ちる。

腑に落ちたら、それ以上その感情を居させる必要はないから、

だから、感情に「さようなら」出来るんです。



それを、

「○○するべき」

「○○が正しい」

ということで、感情に良し悪しをつけて味わえないと、

ず~っとその感情は自分の中に居続けて、

そのうち腐っていって、匂いがしてくる。

でも、その頃にはその匂いの元が何なのかもうわからなくて、

「匂いの元=本当に起こっていること」を探せなくなってわからなくなってしまう。



だから、その時に、

その感情を、

充分に味わって、

そして、腑に落ちたら、


バイバーイっ!


です



「ダメだ、ダメだ」って押し込めるから、

感情はそこに居続ける。

自分が留めなければ、流れていくよ~。





そんなことを思いました。





だから、


もーうんざりだーっ!


って、一緒に叫んでみませんか(笑)




皆さんがお別れしたいものは何ですか?







最後に、

ちょっと混乱しちゃうかもしれませんが、、



「お別れしたい」と思ったら、

「お別れしなくてもいい」とも思うことが大切かと。


私のことで言えば、

「正当化」することとお別れしたい、

でも、

「正当化」しちゃったらしちゃったでまぁいっか、

くらいにすることかと(笑)




そんなことを思っています。








ではでは、また~





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